シェーグレン症候群に関する研究
1.シェーグレン症候群とは
シェーグレン症候群(Sjögren’s syndrome; SS)は、唾液腺・涙腺等の外分泌腺へのリンパ球浸潤を病理学的特徴とする自己免疫疾患で、臨床的にはドライアイ・ドライマウス等の乾燥症状を呈します。SSは他の膠原病を合併しない一次性SSと、合併する二次性SSとに大別され、さらに一次性SSは、病変が唾液腺炎・涙腺炎といった腺病変に限局する腺型と、肺・腎・神経・筋・関節・皮膚・血液等を障害する腺外病変を伴う腺外型とに分類されます。
SSの病態形成には、自然免疫と獲得免疫異常の両方が関わり、type I インターフェロン経路、抗原提示分子、共刺激分子、T細胞とB細胞の活性化経路、胚中心形成経路等が治療標的として期待されています。しかしながら、現時点ではSSに対するこれらの経路を標的とした生物学的製剤、分子標的低分子化合物の臨床研究における有効性は限定的であり、関節リウマチ(rheumatoid arthritis; RA)、全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus; SLE)などの他の自己免疫疾患と比較して、分子標的治療の確立は進んでいません。現在、分子標的治療薬の有効性が期待できる早期例の診断、表現型の同定、長期間の臨床研究の実施、病期ごとの病態メカニズムの解明に基づく治療標的分子の探索が求められています。
我々の研究室では、特にSSの獲得免疫異常に着目し、自己抗体や自己抗原特異的T細胞の病態形成における役割の解明、これらの獲得免疫異常を標的とした新規治療戦略の開発に取り組んでいます。
2.シェーグレン症候群に関する研究
1) 抗M3ムスカリン作働性アセチルコリン受容体(M3R)抗体
M3ムスカリン作働性アセチルコリン受容体(M3R)は外分泌腺や平滑筋に発現し、分泌や収縮に重要な役割を果たします。M3RはSSの主たる標的臓器である唾液腺・涙腺にも高発現しており、SSの自己抗原の有力な候補と考えられます(図1)(文献1)。M3Rのアゴニストであるアセチルコリンや塩酸セビメリンが唾液腺細胞上のM3Rに結合し、M3Rが活性化すると、IP3とIP3受容体を介する細胞内Ca濃度上昇が生じ、管腔側のClチャネルの活性化が誘導され、唾液分泌が生じます(文献2)。
我々は、M3Rのすべての細胞外領域(N末端、第1、第2、第3細胞外ループ)に対して、血清中抗M3R抗体の抗体価および陽性率は、健常人と比較してSS患者で有意に高値であることを明らかにしました。抗M3R抗体陽性SSは、陰性SSと比較し、罹病期間が有意に短く、抗SS-A抗体陽性率および血清IgGが有意に高値でした。さらに塩酸セビメリン刺激後のヒト唾液腺(HSG)細胞内Ca濃度上昇に対する影響は、抗M3R抗体のエピトープにより異なることが明らかとなり、抗M3R抗体は唾液分泌に影響する機能的抗体である可能性が示唆されました(文献3)。
2)M3R反応性T細胞
2)-① SS患者におけるM3R反応性Th1、Th17細胞の検出
我々は、SS患者の末梢血中で、MACS cytokine secretion assayを用いてM3R刺激に反応してIFNγを産生するCD4陽性T細胞(M3R反応性Th1細胞)(文献4)、およびELISPOTを用いてM3R刺激に反応してIL-17を産生するCD4陽性T細胞(M3R反応性Th17細胞)を検出しました(図2)(文献5)。興味深いことに、M3R反応性Th17細胞は、SSの疾患活動性指標であるESSDAIや前述の第2、3細胞外ループに対する抗M3R抗体価との関連が示唆されました(文献5)。
現在はさらに、SS患者における各T細胞サブセット(Th1、Th2、Th17に加えて、濾胞性ヘルパーT細胞、制御性T細胞、メモリーCD8陽性T細胞、CD8陽性制御性T細胞等)のpopulationや機能の変化と病態との関連の解析を進めています。
2)-② M3R反応性T細胞による唾液腺炎モデルマウスの誘導
我々は、M3R反応性T細胞がSS類似の唾液腺炎を誘導する病原性を有するかどうかを明らかにするため、M3Rを欠損したM3Rノックアウトマウス(M3R-/-)とリンパ球を欠損したRag1ノックアウトマウス(Rag1-/-)を用いて、唾液腺炎モデルマウスの誘導を検討しました。マウスM3Rの細胞外領域をコードするM3Rペプチドを免疫したM3Rノックアウトマウスの脾細胞を、Rag1ノックアウトマウスに静注で移入したところ(M3R-/-→Rag1-/-)、SS類似の唾液腺炎の誘導、唾液分泌量の低下、血清中の抗M3R抗体の出現が確認されました。我々はこの新たなSSモデルマウスをM3R自己免疫応答唾液腺炎(M3R Induced autoimmune Sialadenitis; MIS)として報告しました(図3)(文献6)。さらにサイトカイン(IFNγ、IL-17)ノックアウトマウスを用いた解析から、MISの誘導において、M3R反応性Th1細胞(文献7)、M3R反応性Th17細胞(文献8)がともに重要な役割を果たすことを明らかにしました。
2)-③ M3R自己免疫応答唾液腺炎(MIS)モデルマウスを用いた獲得免疫異常を標的としたSSの新規治療戦略の開発
我々は、MISモデルマウスを用いて、獲得免疫異常を標的としたSSの新規治療戦略の開発を行ってきました。M3R反応性T細胞のT細胞エピトープのうち、T細胞受容体(TCR)に結合するアミノ酸を置換したペプチド(Altered peptide ligand; APL)をMISモデルマウスに静脈内投与しました。APLはM3R反応性T細胞のアナジー誘導を介して、MISを改善し、APLを用いた抗原特異的制御がSSの病態改善に有用である可能性が明らかになりました(文献9)。さらに我々は農業・食品産業技術総合研究機構との共同研究で、このM3RペプチドのAPLを発現する米(APL発現米)を作成し、MISモデルマウスに経口投与しました。APL発現米の経口投与は、MISを改善し、その作用メカニズムとして、脾臓のM3R反応性T細胞からのIFNγ産生抑制、頸部リンパ節における制御性T細胞の機能亢進の可能性が示唆されました(文献10)。
このようなM3R抗原特異的な制御に加えて、Th17細胞分化におけるマスター転写因子であるRORγtの機能を抑制するRORγtアンタゴニストを用いた治療戦略の可能性に関しても検討を行ってきました。 第一三共株式会社との共同研究で、MISモデルマウスに対するRORγtアンタゴニスト(A213)の経口投与は、MISの脾細胞、頚部リンパ節細胞におけるM3R特異的IL-17の産生抑制に加えて、IFNγの産生抑制を介して、MISを改善することが明らかとなりました(文献11)。
以上のようにMISモデルマウスを用いることにより、抗原特異的ならびに抗原非特異的な獲得免疫異常を標的とした様々な新規治療薬のin vivoでの治療実験、作用メカニズムの解明が可能となりました。MISモデルマウスは、今後のSSの新規治療戦略の開発に大きく貢献できると考えています。
参考文献
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